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四国でもステビバ(station bivouac)で一晩明かした自分。
大学時代の登山合宿や、単独でのバイクツーリングでよく用いた手段であるが、

「経験にムダは無い」


まさにその通りである。遍路道中でも役立った。


ステビバの鉄則である「始発列車より早く出立」を忠実に守り、18番恩山寺へやってきた。


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今日も良い天気。
僭越ながら小生"晴れ男"だと自認しているが、その効力はお四国参りでも十分発揮されている。
四国と言えば渇水、水不足。四国的には(特に香川・愛媛)招かざる来訪者だろう。


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18番恩山寺、19番立江寺と参り、20番鶴林寺へ向かって歩き出す。

四国遍路には "1に焼山、2にお鶴、3のお竜" と呼ばれる格言があり、
それは阿波の国の難所を指してそう呼ぶ。

しかしながら、ただひたすら進むだけのくろまる遍路は、山・峠があるとか
無事に越えれるかどうか(突入時間)と言った事は、この時点ではほぼ気にしていない。
行き当たりばったりと言えば正にその通りだが、だからこそ形にとらわれない。
良く言えば、自分で道を切り拓く旅ができている。


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鶴林寺のふもとまで来た。
ここに来て初めて次の札所が山の上にあることに気付く、超初心者さん=くろまる。

麓にあるコンビニさんで休憩していると、軽トラックに乗った老人が近寄ってきた。
聞けば(勝手に話し始めた)これから上のみかん畑に作業に行くと言う。
鶴林寺へは大変な坂だから、途中まで乗って行きなさい、と。

助かった!! ありがとうございます。
ええ、すっかり甘えることが身についた良くない遍路ですとも。


<ちょっとマジメ話>
歩き遍路が車お接待に乗っていいのか?
よくある議論。歩き遍路のガイド本にだって「お接待は受けるのが基本」としつつも
車お接待に関しては「歩く行(gyo)を行っているので…」と、お断りするにも丁重に。
と言った記述があるくらい。


…自分的にはありがたくお受けして良いと思うのです。
声かける方も勇気がいることだろうし、これもご縁。
ただひたすら歩く孤独な遍路道中にあって、貴重な会話の時間にもなる。

お大師さまだって、舟や牛馬の提供を受けて四国を回ったと言うし、
あまり深く考えないで良いのでは?

もちろん四国遍路のこだわり、楽しみ方はひとそれぞれ。
完全歩きと言う目標を立てたなら、それをやり通すこともまた、素晴らしい事。


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結局おじいさんは自分の畑までと言いながらも、鶴林寺さんの駐車場まで送ってくれた。


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二のお鶴、難所をまるっとスキップ。
ここは、軽トラに乗せてくれたおじいさんの代わりにお参りしないといけない。

遍路って自分のためじゃなくて人のために回るものではないか?
札所は、そこに至るまで(人生から直近のできごとまで)様々な感謝を忘れないように
思い出させてくれる場所ではないのか?

ここでは、あれこれ様々回想しながらお参りしたことを記憶している。


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次の札所は三のお竜こと、21番太龍寺。
鶴林寺さんとは対峙するように位置し、一度谷まで下らないといけない。

事前に下調べをしていたなら、20番麓に泊まって朝一20番、続けて21番。
時間にはたっぷり余裕を見て挑んだであろう。

何も調べずに来ていることが、ここではかえって心強い。


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鶴林寺さん、太龍寺さんの間には"那賀川(Nakagawa)"と言う川が流れている。


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河口にアゴヒゲアザラシの"ナカちゃん"が現れた川である。
この場所はまだ中流。川下りしたら楽しいんだろうなぁ、そう思いながら渡橋。


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21番太龍寺さん山門到着


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境内へ


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天気も味方して、ここのロケーションは最高だった。


「八十八ヶ所のお寺さんで、どこが一番好きですか?」

と聞かれたら、後にも先にもこの札所だった。

空が近く感じられる、言わば天空の城。そう、くろまるはドラクエ世代。
「ハーッハハハッ、人がゴミのようだ」、これもよくわかります。

当時の少年は、空の彼方に浮かんでいると言われる天空城に憧れたのですね。


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阿南橘の火力発電所が、老杉の間から姿をのぞかせる。
遍路道中で最初に見た海でもあった。


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太龍寺さんを下りてしばらく行くと"道の駅わじき"がある(と地図に書いてある)
すでに手持ちの食糧が尽きていたので、そこまで行くと軽食くらいはどうにかなる。
そんな期待を抱いて下山した。


道の駅到着。
しかしながら到着時間が悪いのか施設は閉店しており、
トイレと自販機しか見当たらない。辺りには商店・食堂も無さそうだ。


熟考した結果、22番平等寺さんに向かって先へ進むことにした。


口で言うのは容易いけれど、進んだ先には"大根峠(o-netouge)"。
もちろん前例通り、差し掛かって始めてそれを知る。
結果的に坂はきつくなかったが、時間が時間。いくら陽の長い5月でも、さすがに暗くなりかかっていた。

峠からの下りは竹林が広がっており、一言で表すと"幽谷"。行き当たりばったり万歳。


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山賊に襲われることなく、無事に平等寺さん到着。
19時前だった気がする。この時間はお寺は閉まっているので、参拝は翌日。

お腹はかなり減っていたが、とりあえず歩く(進む)のがイヤになっていたので、
食べるのはもういいや、とりあえず寝よう。
人間一食抜くくらいでは大丈夫。リアルな実感があった。


境内で雨のかからない軒先を探していると、先客がいた。
やや若気な感じの男性、お遍路さん? にしては、辺りに荷物が一切見当たらなかった。

「少し行ったところに○×と言う名の善根宿がある」
「金物屋さんがやっていて、そこに言いに行け」

その言い草は救済と言うよりも、「あっちいけ」と言う感じだった。


くろまる自身テントを持っているので、場所自体はどこでも良い。
それでもこの場所で寝ようとすれば襲撃されかねない様子だったので、一旦お寺を後にした。


この時点で彼が何者だったのか深く考えなかったけれど、
金物屋に行き1宿のお願いに上がったところ、店主が


「平等寺に男がおっただろう」
「うちにも何日か居て、追い出したら今度は寺に居着いて…」


四国遍路をしていると、色んな人に会うものだ。


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1宿を授かったくろまるは善根宿に向かう。
旅荘に到着するとここもまた先客、身なりは就寝姿であるものの、
横に置いてある装備は、非常に年季の入ったものであった。

辺りは暗くなっていたので、軽く会釈程度の挨拶を交わして、
できるだけ物音を立てないように荷物を置き、
外の水道で濡らしたタオルで体を拭き、洗顔、歯磨きをして床に就いた。


結局この日は晩ごはん(にあたる物)を食べなかった。


<5日目>
18~21番
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