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仙山線山寺駅に降り立った。

香川~新宿~仙台~山寺

ここまで約16時間
飛行機・新幹線がある時代に、allバスという真性陸上生物紀行。

高速バスの遅れで、到着は16時前。
山寺の往復には2時間見とけ、と駅の掲示にて注意を促される。
参拝及び入場は17時まで。既に敗局ムードが漂っている。
(厳密には御開帳は麓の寺院でそんなに登らない、2時間かかるのは奥の院)


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ひとまず50年に1度は絶対条件なので、会場へと急ぐ。
平日で時間が時間のせいか、行列は無い。


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50年に1度の本尊御開帳 終了w

拝観料金納めて、僅か2~3分。
楽しい時間は一瞬なのだ。


感想は…どこか中華系な顔立ちであったような。
やはり古い仏様は味がありますね。人生30代にして、早くも一生の思い出の一つになった。


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山寺立石寺(以下、山寺)と言えばこの方、松尾さんと河合さん。


閑さや 岩にしみ入る 蝉の声

奥の細道の道中で詠まれ、秀吟の詩と言われている。


余談ながら松尾芭蕉の奥の細道。
全行程約2400km(四国八十八ヶ所の2倍)を、150日かけて巡ったという。
毎日同じペースで歩いたとして、1日辺り平均16km。
しかし歩かず滞在している日も多く、反面1日50km以上歩いた日もあるという。
道の整備は悪く、橋もトンネルもなく江戸時代の事。
壮年に差し掛かっていた芭蕉にとっては超人的なハイペース。
それゆえ伊賀出身であることから芭蕉忍者説や、
幕府から差し向けられた諸国スパイ説などがあるようです。


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山寺の全体図を把握して…


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いざ入山!
このとき16時過ぎ、基本的には閉門の17時下山がお約束。
忍者芭蕉じゃないが、マッハな登拝が要求されている。
(続く)
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とある駅にて、1枚のチラシが目に飛び込んできた。


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山寺こと立石寺、50年に1度(→ここ重要)の本尊御開帳(gokaicho)

普段は秘仏(非公開)とされている仏様が、公開されるのだ。
それも50年ぶりに。この機会を逃すと次回は50年後。
その時にはもう自分は生きていないかもしれない。
生きていても80歳を越えて、山寺の階段を上がれるかどうか。
そもそも地球があるかどうか?

考えるより体が動いた。いつもの事。
新緑眩しいみちのく路へレッツゴー
(続く)

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大都会に訪れた平和な朝。
当たり前に思えるこの平和も、先人の礎があってのことだ。


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JR三ノ宮駅
フラワーロードを跨ぎ阪急/JRを繋ぐ跨道橋に、物言わず佇む歴史の証人がいる。


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網フェンスの向こう、列車鉄橋の鋼板をよーく見てみると…


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穴の直径から見て30mm砲だろうか。
分厚い鋼板をいとも簡単に貫いた、グラマン機の機銃掃射の痕。
こんなのを人間が食らえば…ひとたまりもない。

神戸で戦争に三ノ宮駅と言えば"火垂るの墓"
三ノ宮駅は主人公が最期を迎えた場所。
物語(一部フィクションだが)と同時期に発生した空襲の痕跡が、震災による駅損壊を経て今なお残っている。


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弾痕が残る鋼板のすぐ後ろは、東海道線の最速達列車がひっきりなしに発着する4番線。
これほど人目につく場所にも関わらず、このことに気付いている人は殆どいないだろう。
平和とは何か? 考えさせられる戦争遺跡が大都会の真ん中に、今も存在している。


朝早いせいか、人もまばら。だからこそ熱心に写真が撮れた。

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フェリーで眺めるは、神戸の海。
同じフェリー乗船でも、北行フェリーとはワクワク感が全然違う。
平和なんだけれど、何か物足りない。


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日常生活への足跡が近づいているからだろうか。
そう考えると、今の生活が悲しい。


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今回のatackは、年末年始にかけて特に過酷を強いられた。
だからこそ思い出がとても色濃い。
無事に旅を終えることができた、今だからこそ言えることかもしれないが。


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2012年、良いスタートが切れた。
今年は何かが変わる。いや、変えるんだ。
幸せは今がなければ先も無いと考える。目指せ過遊死!
(終わり)

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おはようございます。
天気が良い朝ほど、朝の冷え込みは抜群。


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外に出て初めて宿舎の外観を知る-∀-


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雪掻きが始まった。
うちも準備しないと。泣いても笑っても道内最終run。


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本邦初公開、後ろ姿(同宿の方撮影)
正直、走る姿がカッコ良くない… 雪上の鉄則、格好よりも実用重要視である。


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富良野から札幌(→小樽)までの大動脈は、国道38号。
しかしながらくろまるは富良野から南下、占冠(Shimukappu)方面へ。


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夏でも冬でも初日でも最終日でも、少数派ルート重視が信条。


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小樽駅は吹雪の中。
初日泊まったホテルで、預けていたノーマルタイヤを受け取る。


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坂を下って小樽運河へ。冬だからこそ撮れる写真がある。


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季節風の影響か、フェリーは遅れて到着。出港も遅れている。


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道内を回って集結した勇者達(西方面組)
荒天の宗谷岬を断念した者はいても、星になった者はいないと願う。

ハプニング続出の年越し宗谷岬ツーリング2012-2013。
荒天の道内を無事に走り終えた。
(プロローグへ)

おはようございます。


旅は7日めですって。

狭くなった日本、きょうび札幌から那覇だって1日で移動できます。
時間をかけて旅をする方が難しいかもしれません。

この「年越し宗谷岬ツーリング」では、それが自然と叶う。
これこそが当ブログのコンセプト、日本を大きく感じる方法。


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穏やかな夜を過ごした屈斜路湖畔、目を覚ますと強い風が吹いていた。

どれだけ寒くても、ここ和琴には温かい湯が沸いている。
その有り難さを感じようとすれば、同時に早着替えの技を会得することが出来ます。


本日の最大目標
富良野に行ってみたいゲストハウスがあり、そこを宿地として目指す。
しかしそこにいたるまでには


荒天、長距離、千m峠越え

死神の笑いが聞こえてきそうだ。


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道内有数ビュースポット"美幌峠(Bihoro-toge)"はホワイトアウト
風が強くてバイクの制止さえ困難


この旅で困難は付きもの、無い方が珍しい。逃げてはいけないのだ。


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美幌の街に出て(真っ白で何も見えないけど)、国道39号へ
この道は旭川~層雲峡~北見~網走と繋ぐ、北道東の大動脈。
それだけに交通量が多い。


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はい、我が身で無くて良かった瞬間
こうなるとクレーンや救急車が来るまで、通行完全ストップ

雪道では車に追いつかれて抜かされる繰り返しだが、
こんな時にバイクはひょいひょーいと横をすり抜けて、
火事場を横目に通り過ぎることができます∀

そして通り過ぎた後は、後続車両ナシ。この優越感ったら^^


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基本的にバイクは晴れの乗り物、悪天候に弱い。
コンビニ発見。
サザエさんのエンディングのように、店に吸い込まれていく。

お決まりの、WCとホットコーヒーtime(ブラック)。
お腹が膨らむ物は食べない。眠たくなるから。そんなマゾな旅。


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石北峠(Sekihoku-toge)
道内有数の高標高峠であり、厳寒地でもある。


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この時午後3時頃。気温は-10度を下回っていた。早くクリアしないと。


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午後9時、富良野のゴリョウゲストハウス到着。


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持ち物は全て凍っていた。

開栓していないペットボトルの水、ビール、紙パックのコーンポタージュも…

遅着を店主に呆れられながらのチェックイン、
同宿の男子2名は持ち物結氷大笑い。笑顔を提供できるのは良いことだ。


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聞けば2人もカメラマン。
結氷物を熱心に、特にポタージュは念入りに写真を撮ってくれた。光栄。


自身が夜遅くに着いたためそんなにたくさん話ができなかったが、
何せこの旅最初で最後の宿泊。思い出に残る夜、出会いがあった。
やっぱりゲストハウスは良い。自分も作りたい。
(続く)



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