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仙台~山形って、高速バスがとても便利。
そもそも高速バスって程の距離(60km)・時間(1h)でも無い上、
乗ることさえできれば必ず座れる(定員制)
何よりその運行頻度、時間帯によっては5分間隔!

マリンライナー(岡山~高松間の列車)は30分間隔なので、負けているじゃないか。


山形は仙台のベッドタウンなのかな?


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その便利さを知っていながらも、くろまるは敢えて列車に乗る。

仙山線普通列車。山越えに長大トンネル、途中に名刹「山寺」があり、
旅情では断然こちらに軍配が上がる。

やはり「速い(早い)」「便利」な物の代償は「旅情」だと実感する。


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北山形駅


ブラボーな宿の隠れた最寄り駅(だと思う)
ここから歩いてその宿にインした人は稀少だと思うが、どうでしょう。


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ここは山形県内各方面への分岐駅


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左沢線(Aterazawasen)はここから分かれて行く。


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四国で言うと、池谷駅のような配置。


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池谷とは違ってここは新幹線が走る。上りの"つばさ号"が通過して行った。


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新幹線が在来線を走るこの区間、軌間(線路の幅)に若干の違いがある。


バスは乗った/下りたで景色が違うだけだが、列車に乗ると大小発見がある。
くろまるとしては、山形~仙台の移動は電車推し。
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久しぶりの山形だ。4月ぶり。ウワァーイ


山形にはブラボーなお宿がありまして、くろまるは別荘に行く感覚で度々訪れております。


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4月に訪れた際の山形駅ハイ

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無事に山形に上陸したものの、翌日31歳にして初耳の"爆弾低気圧"なるものが来襲。
カンヅメ状態となり、ブラボーな宿にもう1泊させて頂くことができたわけです。


この日は本来の予定は、青森まで北上して"急行はまなす"に乗って、
札幌着いたや否やコンビニでガラナエール(北海道限定飲料)を飲んで、
千歳から飛行機でドロンの予定だった。


おかげで帰りの航空券代、取消手数料が発生してしまったではないか。
jrさんは全額返してくれたぞ!


「乗る意思があるのに、取消料を取られる」

何だか腑に落ちないなぁ~


でも仕方ないのかな。
フライト予定日は正常運行していたんだし。

数日前の悪天候で旅行者の予定が変わってしまったことまで配慮していたら、
私用で予定便に乗れなくなった人が

「旅先から帰って来れなくて乗れなくなった~」

と、嘘八百が横行してしまう。


バーゲンチケットはリスク留意で。良い勉強でした。


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今回は遊びではなく、お仕事。人生2度目の、東北出張。


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某有名アウトドアメーカーの社長と、会長のセガレ


仕事は仙台であったが終わる毎に山形に移動して、東北出張を堪能した。


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初夏の山形はさくらんぼが"旬"


宿のオーナーさんに連れて行ってもらって、くろまるも買うことができました。

この筒入りのさくらんぼ、持ち運びがとても便利。
3つ購入して、1つは帰って一番最初に会った友人に差し上げようと考えておりましたが、
その人物は、帰り道・岡山から乗車したマリンライナーで偶然出会った、某局女子アナさん^^
もう夜のニュースはとっくに終わっている時間。お互いびっくりした。

仕事を終えて家に帰るのに、たまには違う道を通ってみようかな?
その道すがらで偶然発見。


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天然水!?この水無県(別名 : 高松砂漠)で、湧水

辺りは山地ではなく住宅街or田んぼですよ。
疑わしいながらも、そんなのあったら嬉しいな~


期待しつつ、看板を追尾。


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あった。本当にあったよ。


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チョロチョロ流れ出している水を汲むのではなく、
蛇口をひねると井戸の電源が入り、水を汲み上げる方式。


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西方の山からの恵みで…(略)

山と言っても丘ですぜ。
このような水が湧き出ていることは、大凡想像できない。


でも、ここへは導かれた気がした。仏縁に感謝。


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成分分析表があったが、個人情報などの表記があったので割愛。

説明文には「かの有名な日田天領水よりミネラルバランスが良い」とある。
期待できそう。住み慣れた場所のはずが、新たな発見があった。


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後日、車に4リットルペット(安い焼酎の残骸とも言う)を積んで、この水を汲みに行った。


天然水には良い思い出がありまして、10年くらい前でしょうか。

奈良県天川村洞川温泉。
かの有名な"ごろごろ水"を汲んで持ち帰り、
フツーの米を、フツーの炊飯器を用いて、ごろごろ水で米を炊いた。


ごはんが炊けて炊飯器を開けた瞬間の香り、艶めく米。もちろんめちゃウマ。

同じ水で麦茶やみそ汁も作ってみたけど、やはり味が違った。


この瞬間が忘れられなくて、天然水が湧いていると容器を持参して水を汲んでしまうわけです。

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近所の○ナカで売られていたコアユが半額になっていた。


<少しお勉強>
全国的には"稚アユ(chiayu)"と呼ぶのがメジャー
琵琶湖では稚アユの事をコアユと呼ぶ。

アユ自体は全国多くの河口で見ることができるが、圧倒的産地は琵琶湖
琵琶湖ではこのサイズまでしか育たないが、
移送して他の河川に放流すると、立派なアユに成長する。


"琵琶湖のアユと近江商人は、余所へ行って成長する"

近江商人の多くは京に出て成功したことから、よく出てくる例え話。


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今回は食用目的の購入ではない。


アユはウナギ釣りのエサとして、特効薬なのだ。
何とも贅沢な話だが、くろまるの仲間内ではそれを厭わない。

それだけウナギのファイト(釣り味)とイート(食べ味)は、右に出る物がいない。


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ラップを広げて


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包む。冷凍しておいて、来るウナギナイトへ備えた。


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関西居た頃は、よく琵琶湖まで釣りに行ったものです。
バイク(CD125T)で、竿とクーラーボックスをキャリアに積んで…


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川原にキャンプして、誰よりも先に釣り場インww


コアユは二十代前半くろまるの青春だった。

穴吹駅の前で白看板発見!


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"池田"ってのがベリーグー

多くの人は"阿波池田"って呼びますから。
往時の建造目的はそうではなかっただろうけど(国道を走るドライバーに距離を知らせる役割)
その役目を終えた今は、地元民にキャッチーな表記で、喜びを提供している。
県外人は池田(現・三好市)を"阿波池田"と呼ぶが、徳島県民は"池田"と言う。


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くろまるは"阿波池田"って響きが好きだ。


「awaikeda」であって「awa-ikeda」ではない。

何が好きって、やはり旅情を感じられるところだろう。
今や高知に行くには主に高知道を利用する。阿波池田は通らない。
くろまるにとって阿波池田を通る時は"遊んでいる=楽しんでいる"瞬間なのだ。


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この白看板は、ポールがいつまで持つか…


末永く存続して欲しい白看板、そして"非阿波池田表記"である。

朝、雨の音で目が覚めた。遍路道中、初めての雨降り。
昨晩寝た"道の駅ひわさ"は、JR日和佐駅併設。


…列車乗ろっと!


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JRの終点であり、乗った列車の終着"海部駅"までやってきた。
ここから先はもうちょこっと、"阿佐海岸鉄道"が延びていて、列車で行くこともできる。

でも、


雨が上がったこと、
県境は歩いて越えてみたかったこと

少し後ろめたいことww


それらの理由があって、ここからは歩くことにした。

不思議な老遍路、礼さんはいない。
最初から「嫌になったら離れよう」と思っていたので、そうした。
でも、ところどころ指摘が的中している点があり、悔しかったのが本音だ。


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阿佐国境(asa kunizakai)


阿波の国、徳島が終わった。


四国は四つの国(現在の県)
ゆえに八十八ヶ所は4つのステージに分けられている。


阿波(徳島) … 発心の道場
土佐(高知) … 修行の道場
伊予(愛媛) … 菩提の道場
讃岐(香川) … 涅槃の道場

つまり今のくろまるは"発心(=遍路を始める)"して、
それを昇華させるために更なる"修行"へ入るところだ。


遍路経験者の"gyoさん"や"あきちゃん"(友達)に言わせると、
お遍路は土佐や伊予に来る頃が楽しくなると言う。

まだ土佐に入ったところのくろまる遍路だが、何となくわかる。
阿波は山越えが多く、どうしても山坂の手前で止められてしまう。

それに比べ土佐はひたすら歩くイメージ。
加えて札所が少ないので、7~17時の納経時間で打ち止めとならず
好きなだけ歩くことができるのではないか!?


これからの遍路道中が、俄然楽しみになってきた!!


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とある漁港


この手前で、とある婦人に呼び止められた。


「いくら野宿でも、この集落を過ぎると寝れるような場所は無いよ」
「漁協の網干し場で良ければ、カギ開けるけど…」


「ありがとうございます!」


良く言えば素直。人の好意を素直に受けることが出来るようになっている。


しかしながら、甘えっぱなしではいけない。
それは、徳島の銭湯の番台のおっちゃんの言葉が、思い出される。

今は授かった好意を返さなければいけないノルマを積み重ねている。
それは悪い意味のノルマではなく、遍路を経て人間を変えるチャンス。

今は好意に甘えさせて頂こう。
その代わりに、施して下さった人の分までお参りをしよう。


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漁協に行くと建物のカギが空いていて、


どこでも好きなところどうぞ^^


とばかりに、静寂な空間が広がっていた。


大の字になって寝ても誰にも迷惑はかからないが、
この広い部屋の中にテントを張って寝た。


夜になると辺り一面真っ暗、ちょっと怖かったのだもの…


<7日目>
札所なし

ごはんを食べずに、時間外に平等寺さんに到着した昨日。
お天道様が昇った翌朝、改めて参拝に訪れた。


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昨日見てるであろう寺の姿を、全く覚えていない。
居着きの男性はどこへ行ったのだろう。

様々疑問が浮かぶが、特に気にせず参拝した。


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泊まらせて頂いた善根宿に戻り、大きな荷物をまとめて出立しようとした。
すると同宿だった年季の入った老遍路さんが一言。


「兄ちゃん、何を思ってお四国まいゆうが」
「遍路はただのハイキングじゃ意味ないでよ」
「わしに付いてこい」

上から目線で、言葉一つ取ってもぶっきらぼう。
何やこのオッサン!?


でも口論はしたくなかったので、ひとまず付いていくことにした。
良いことだけ吸収して、嫌になったら離れればいいや、そんな軽い考えで。

善根宿を出て、老遍路(以下、礼さん)に付いて行く。
その足取りは早い。同じくらい荷物を背負っているのに。悔しいけど、付いていくことができない。

遅れるくろまるを尻目に、礼さんは民家に入っては食物をもらって出てくる。
その食べ物を、くろまるに渡す。


「兄ちゃん、しばらく何も食べてないだろう」

どうしてわかる?
見破られたこと、その食物に手を付けてしまうこと、それがとても美味しいこと


全てが悔しかった。
ぐうの音が出ないとは、このことだ。


極めつけは民家に入り、お経を上げて金銭を受け取っている。
後に"托鉢(takuhatsu)"と言う行為だと知ったが、
礼さんが民家に入って行く行動全てが、初めて見る人種のものだった。


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23番薬王寺さん到着

阿波二十三ヶ寺最後の札所なれど、その記憶は無い。
この日はずっと、キツネにつままれているような感覚だった。


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薬王寺さん参拝後、まだまだ明るいながら宿地はできたばかりの"道の駅ひわさ"に決めた。
同行の礼さんも、ここで就寝の準備を整え始めた。

ここには足湯がある。
風呂には入れなかったけれど足は湯に浸けて、温泉水含みのタオルを持って、厠で体を拭いた。


礼さんはお酒を飲んでいたけど、自分は遍路中はお酒を飲まないと決めていた。

相変わらずの上から目線でくろまるに話をするものの、


「兄ちゃんの前世は坊主や。坊さんになれ」


お遍路を終えて四国に移り住んで数年後、自分は本当に坊主になった。


<6日目>
22~23番

四国でもステビバ(station bivouac)で一晩明かした自分。
大学時代の登山合宿や、単独でのバイクツーリングでよく用いた手段であるが、

「経験にムダは無い」


まさにその通りである。遍路道中でも役立った。


ステビバの鉄則である「始発列車より早く出立」を忠実に守り、18番恩山寺へやってきた。


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今日も良い天気。
僭越ながら小生"晴れ男"だと自認しているが、その効力はお四国参りでも十分発揮されている。
四国と言えば渇水、水不足。四国的には(特に香川・愛媛)招かざる来訪者だろう。


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18番恩山寺、19番立江寺と参り、20番鶴林寺へ向かって歩き出す。

四国遍路には "1に焼山、2にお鶴、3のお竜" と呼ばれる格言があり、
それは阿波の国の難所を指してそう呼ぶ。

しかしながら、ただひたすら進むだけのくろまる遍路は、山・峠があるとか
無事に越えれるかどうか(突入時間)と言った事は、この時点ではほぼ気にしていない。
行き当たりばったりと言えば正にその通りだが、だからこそ形にとらわれない。
良く言えば、自分で道を切り拓く旅ができている。


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鶴林寺のふもとまで来た。
ここに来て初めて次の札所が山の上にあることに気付く、超初心者さん=くろまる。

麓にあるコンビニさんで休憩していると、軽トラックに乗った老人が近寄ってきた。
聞けば(勝手に話し始めた)これから上のみかん畑に作業に行くと言う。
鶴林寺へは大変な坂だから、途中まで乗って行きなさい、と。

助かった!! ありがとうございます。
ええ、すっかり甘えることが身についた良くない遍路ですとも。


<ちょっとマジメ話>
歩き遍路が車お接待に乗っていいのか?
よくある議論。歩き遍路のガイド本にだって「お接待は受けるのが基本」としつつも
車お接待に関しては「歩く行(gyo)を行っているので…」と、お断りするにも丁重に。
と言った記述があるくらい。


…自分的にはありがたくお受けして良いと思うのです。
声かける方も勇気がいることだろうし、これもご縁。
ただひたすら歩く孤独な遍路道中にあって、貴重な会話の時間にもなる。

お大師さまだって、舟や牛馬の提供を受けて四国を回ったと言うし、
あまり深く考えないで良いのでは?

もちろん四国遍路のこだわり、楽しみ方はひとそれぞれ。
完全歩きと言う目標を立てたなら、それをやり通すこともまた、素晴らしい事。


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結局おじいさんは自分の畑までと言いながらも、鶴林寺さんの駐車場まで送ってくれた。


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二のお鶴、難所をまるっとスキップ。
ここは、軽トラに乗せてくれたおじいさんの代わりにお参りしないといけない。

遍路って自分のためじゃなくて人のために回るものではないか?
札所は、そこに至るまで(人生から直近のできごとまで)様々な感謝を忘れないように
思い出させてくれる場所ではないのか?

ここでは、あれこれ様々回想しながらお参りしたことを記憶している。


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次の札所は三のお竜こと、21番太龍寺。
鶴林寺さんとは対峙するように位置し、一度谷まで下らないといけない。

事前に下調べをしていたなら、20番麓に泊まって朝一20番、続けて21番。
時間にはたっぷり余裕を見て挑んだであろう。

何も調べずに来ていることが、ここではかえって心強い。


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鶴林寺さん、太龍寺さんの間には"那賀川(Nakagawa)"と言う川が流れている。


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河口にアゴヒゲアザラシの"ナカちゃん"が現れた川である。
この場所はまだ中流。川下りしたら楽しいんだろうなぁ、そう思いながら渡橋。


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21番太龍寺さん山門到着


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境内へ


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天気も味方して、ここのロケーションは最高だった。


「八十八ヶ所のお寺さんで、どこが一番好きですか?」

と聞かれたら、後にも先にもこの札所だった。

空が近く感じられる、言わば天空の城。そう、くろまるはドラクエ世代。
「ハーッハハハッ、人がゴミのようだ」、これもよくわかります。

当時の少年は、空の彼方に浮かんでいると言われる天空城に憧れたのですね。


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阿南橘の火力発電所が、老杉の間から姿をのぞかせる。
遍路道中で最初に見た海でもあった。


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太龍寺さんを下りてしばらく行くと"道の駅わじき"がある(と地図に書いてある)
すでに手持ちの食糧が尽きていたので、そこまで行くと軽食くらいはどうにかなる。
そんな期待を抱いて下山した。


道の駅到着。
しかしながら到着時間が悪いのか施設は閉店しており、
トイレと自販機しか見当たらない。辺りには商店・食堂も無さそうだ。


熟考した結果、22番平等寺さんに向かって先へ進むことにした。


口で言うのは容易いけれど、進んだ先には"大根峠(o-netouge)"。
もちろん前例通り、差し掛かって始めてそれを知る。
結果的に坂はきつくなかったが、時間が時間。いくら陽の長い5月でも、さすがに暗くなりかかっていた。

峠からの下りは竹林が広がっており、一言で表すと"幽谷"。行き当たりばったり万歳。


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山賊に襲われることなく、無事に平等寺さん到着。
19時前だった気がする。この時間はお寺は閉まっているので、参拝は翌日。

お腹はかなり減っていたが、とりあえず歩く(進む)のがイヤになっていたので、
食べるのはもういいや、とりあえず寝よう。
人間一食抜くくらいでは大丈夫。リアルな実感があった。


境内で雨のかからない軒先を探していると、先客がいた。
やや若気な感じの男性、お遍路さん? にしては、辺りに荷物が一切見当たらなかった。

「少し行ったところに○×と言う名の善根宿がある」
「金物屋さんがやっていて、そこに言いに行け」

その言い草は救済と言うよりも、「あっちいけ」と言う感じだった。


くろまる自身テントを持っているので、場所自体はどこでも良い。
それでもこの場所で寝ようとすれば襲撃されかねない様子だったので、一旦お寺を後にした。


この時点で彼が何者だったのか深く考えなかったけれど、
金物屋に行き1宿のお願いに上がったところ、店主が


「平等寺に男がおっただろう」
「うちにも何日か居て、追い出したら今度は寺に居着いて…」


四国遍路をしていると、色んな人に会うものだ。


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1宿を授かったくろまるは善根宿に向かう。
旅荘に到着するとここもまた先客、身なりは就寝姿であるものの、
横に置いてある装備は、非常に年季の入ったものであった。

辺りは暗くなっていたので、軽く会釈程度の挨拶を交わして、
できるだけ物音を立てないように荷物を置き、
外の水道で濡らしたタオルで体を拭き、洗顔、歯磨きをして床に就いた。


結局この日は晩ごはん(にあたる物)を食べなかった。


<5日目>
18~21番

仕事で高知移動があった。


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いつの間にか高松~高知間の直行列車は、希少種ですよ。
高松から高知直行は日に数本しかなくて、殆どが岡山からの南風に接続する
"快速サンポート南風リレー号"で宇多津/多度津まで行って、乗換え。


交通機関を利用する者にとっては、とても不便。
列車に旅情を求める者にとっては、寂しい時代。


民○党さん、どうにかしてよ。


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特急しまんと(高松~高知)

特急と言えばヘッドマーク。
四国の特急名称って、素敵なネーミングの列車が多いと思う。


<風系>
しおかぜ、南風

<山岳系>
剣山、いしづち、しまんと、宇和海、うずしお

<水系>
しまんと、宇和海、うずしお

<岬系>
むろと、あしずり


どこを走っているか/どの街を結んでいるか/四国の風土
いずれもわかり易い。


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良いですね、このステンレスぎらぎら車体。


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環境的にどうなのかはさて置き、
停車中の気動車のアイドリング音/排煙臭は旅情を誘います。


(業務上の)移動をただの移動としてしまってはもったいない。
どうせ移動するなら旅情が感じれる(できればお酒飲めてw)方が良いね!



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