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朝、雨の音で目が覚めた。遍路道中、初めての雨降り。
昨晩寝た"道の駅ひわさ"は、JR日和佐駅併設。


…列車乗ろっと!


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JRの終点であり、乗った列車の終着"海部駅"までやってきた。
ここから先はもうちょこっと、"阿佐海岸鉄道"が延びていて、列車で行くこともできる。

でも、


雨が上がったこと、
県境は歩いて越えてみたかったこと

少し後ろめたいことww


それらの理由があって、ここからは歩くことにした。

不思議な老遍路、礼さんはいない。
最初から「嫌になったら離れよう」と思っていたので、そうした。
でも、ところどころ指摘が的中している点があり、悔しかったのが本音だ。


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阿佐国境(asa kunizakai)


阿波の国、徳島が終わった。


四国は四つの国(現在の県)
ゆえに八十八ヶ所は4つのステージに分けられている。


阿波(徳島) … 発心の道場
土佐(高知) … 修行の道場
伊予(愛媛) … 菩提の道場
讃岐(香川) … 涅槃の道場

つまり今のくろまるは"発心(=遍路を始める)"して、
それを昇華させるために更なる"修行"へ入るところだ。


遍路経験者の"gyoさん"や"あきちゃん"(友達)に言わせると、
お遍路は土佐や伊予に来る頃が楽しくなると言う。

まだ土佐に入ったところのくろまる遍路だが、何となくわかる。
阿波は山越えが多く、どうしても山坂の手前で止められてしまう。

それに比べ土佐はひたすら歩くイメージ。
加えて札所が少ないので、7~17時の納経時間で打ち止めとならず
好きなだけ歩くことができるのではないか!?


これからの遍路道中が、俄然楽しみになってきた!!


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とある漁港


この手前で、とある婦人に呼び止められた。


「いくら野宿でも、この集落を過ぎると寝れるような場所は無いよ」
「漁協の網干し場で良ければ、カギ開けるけど…」


「ありがとうございます!」


良く言えば素直。人の好意を素直に受けることが出来るようになっている。


しかしながら、甘えっぱなしではいけない。
それは、徳島の銭湯の番台のおっちゃんの言葉が、思い出される。

今は授かった好意を返さなければいけないノルマを積み重ねている。
それは悪い意味のノルマではなく、遍路を経て人間を変えるチャンス。

今は好意に甘えさせて頂こう。
その代わりに、施して下さった人の分までお参りをしよう。


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漁協に行くと建物のカギが空いていて、


どこでも好きなところどうぞ^^


とばかりに、静寂な空間が広がっていた。


大の字になって寝ても誰にも迷惑はかからないが、
この広い部屋の中にテントを張って寝た。


夜になると辺り一面真っ暗、ちょっと怖かったのだもの…


<7日目>
札所なし
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ごはんを食べずに、時間外に平等寺さんに到着した昨日。
お天道様が昇った翌朝、改めて参拝に訪れた。


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昨日見てるであろう寺の姿を、全く覚えていない。
居着きの男性はどこへ行ったのだろう。

様々疑問が浮かぶが、特に気にせず参拝した。


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泊まらせて頂いた善根宿に戻り、大きな荷物をまとめて出立しようとした。
すると同宿だった年季の入った老遍路さんが一言。


「兄ちゃん、何を思ってお四国まいゆうが」
「遍路はただのハイキングじゃ意味ないでよ」
「わしに付いてこい」

上から目線で、言葉一つ取ってもぶっきらぼう。
何やこのオッサン!?


でも口論はしたくなかったので、ひとまず付いていくことにした。
良いことだけ吸収して、嫌になったら離れればいいや、そんな軽い考えで。

善根宿を出て、老遍路(以下、礼さん)に付いて行く。
その足取りは早い。同じくらい荷物を背負っているのに。悔しいけど、付いていくことができない。

遅れるくろまるを尻目に、礼さんは民家に入っては食物をもらって出てくる。
その食べ物を、くろまるに渡す。


「兄ちゃん、しばらく何も食べてないだろう」

どうしてわかる?
見破られたこと、その食物に手を付けてしまうこと、それがとても美味しいこと


全てが悔しかった。
ぐうの音が出ないとは、このことだ。


極めつけは民家に入り、お経を上げて金銭を受け取っている。
後に"托鉢(takuhatsu)"と言う行為だと知ったが、
礼さんが民家に入って行く行動全てが、初めて見る人種のものだった。


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23番薬王寺さん到着

阿波二十三ヶ寺最後の札所なれど、その記憶は無い。
この日はずっと、キツネにつままれているような感覚だった。


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薬王寺さん参拝後、まだまだ明るいながら宿地はできたばかりの"道の駅ひわさ"に決めた。
同行の礼さんも、ここで就寝の準備を整え始めた。

ここには足湯がある。
風呂には入れなかったけれど足は湯に浸けて、温泉水含みのタオルを持って、厠で体を拭いた。


礼さんはお酒を飲んでいたけど、自分は遍路中はお酒を飲まないと決めていた。

相変わらずの上から目線でくろまるに話をするものの、


「兄ちゃんの前世は坊主や。坊さんになれ」


お遍路を終えて四国に移り住んで数年後、自分は本当に坊主になった。


<6日目>
22~23番

四国でもステビバ(station bivouac)で一晩明かした自分。
大学時代の登山合宿や、単独でのバイクツーリングでよく用いた手段であるが、

「経験にムダは無い」


まさにその通りである。遍路道中でも役立った。


ステビバの鉄則である「始発列車より早く出立」を忠実に守り、18番恩山寺へやってきた。


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今日も良い天気。
僭越ながら小生"晴れ男"だと自認しているが、その効力はお四国参りでも十分発揮されている。
四国と言えば渇水、水不足。四国的には(特に香川・愛媛)招かざる来訪者だろう。


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18番恩山寺、19番立江寺と参り、20番鶴林寺へ向かって歩き出す。

四国遍路には "1に焼山、2にお鶴、3のお竜" と呼ばれる格言があり、
それは阿波の国の難所を指してそう呼ぶ。

しかしながら、ただひたすら進むだけのくろまる遍路は、山・峠があるとか
無事に越えれるかどうか(突入時間)と言った事は、この時点ではほぼ気にしていない。
行き当たりばったりと言えば正にその通りだが、だからこそ形にとらわれない。
良く言えば、自分で道を切り拓く旅ができている。


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鶴林寺のふもとまで来た。
ここに来て初めて次の札所が山の上にあることに気付く、超初心者さん=くろまる。

麓にあるコンビニさんで休憩していると、軽トラックに乗った老人が近寄ってきた。
聞けば(勝手に話し始めた)これから上のみかん畑に作業に行くと言う。
鶴林寺へは大変な坂だから、途中まで乗って行きなさい、と。

助かった!! ありがとうございます。
ええ、すっかり甘えることが身についた良くない遍路ですとも。


<ちょっとマジメ話>
歩き遍路が車お接待に乗っていいのか?
よくある議論。歩き遍路のガイド本にだって「お接待は受けるのが基本」としつつも
車お接待に関しては「歩く行(gyo)を行っているので…」と、お断りするにも丁重に。
と言った記述があるくらい。


…自分的にはありがたくお受けして良いと思うのです。
声かける方も勇気がいることだろうし、これもご縁。
ただひたすら歩く孤独な遍路道中にあって、貴重な会話の時間にもなる。

お大師さまだって、舟や牛馬の提供を受けて四国を回ったと言うし、
あまり深く考えないで良いのでは?

もちろん四国遍路のこだわり、楽しみ方はひとそれぞれ。
完全歩きと言う目標を立てたなら、それをやり通すこともまた、素晴らしい事。


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結局おじいさんは自分の畑までと言いながらも、鶴林寺さんの駐車場まで送ってくれた。


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二のお鶴、難所をまるっとスキップ。
ここは、軽トラに乗せてくれたおじいさんの代わりにお参りしないといけない。

遍路って自分のためじゃなくて人のために回るものではないか?
札所は、そこに至るまで(人生から直近のできごとまで)様々な感謝を忘れないように
思い出させてくれる場所ではないのか?

ここでは、あれこれ様々回想しながらお参りしたことを記憶している。


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次の札所は三のお竜こと、21番太龍寺。
鶴林寺さんとは対峙するように位置し、一度谷まで下らないといけない。

事前に下調べをしていたなら、20番麓に泊まって朝一20番、続けて21番。
時間にはたっぷり余裕を見て挑んだであろう。

何も調べずに来ていることが、ここではかえって心強い。


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鶴林寺さん、太龍寺さんの間には"那賀川(Nakagawa)"と言う川が流れている。


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河口にアゴヒゲアザラシの"ナカちゃん"が現れた川である。
この場所はまだ中流。川下りしたら楽しいんだろうなぁ、そう思いながら渡橋。


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21番太龍寺さん山門到着


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境内へ


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天気も味方して、ここのロケーションは最高だった。


「八十八ヶ所のお寺さんで、どこが一番好きですか?」

と聞かれたら、後にも先にもこの札所だった。

空が近く感じられる、言わば天空の城。そう、くろまるはドラクエ世代。
「ハーッハハハッ、人がゴミのようだ」、これもよくわかります。

当時の少年は、空の彼方に浮かんでいると言われる天空城に憧れたのですね。


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阿南橘の火力発電所が、老杉の間から姿をのぞかせる。
遍路道中で最初に見た海でもあった。


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太龍寺さんを下りてしばらく行くと"道の駅わじき"がある(と地図に書いてある)
すでに手持ちの食糧が尽きていたので、そこまで行くと軽食くらいはどうにかなる。
そんな期待を抱いて下山した。


道の駅到着。
しかしながら到着時間が悪いのか施設は閉店しており、
トイレと自販機しか見当たらない。辺りには商店・食堂も無さそうだ。


熟考した結果、22番平等寺さんに向かって先へ進むことにした。


口で言うのは容易いけれど、進んだ先には"大根峠(o-netouge)"。
もちろん前例通り、差し掛かって始めてそれを知る。
結果的に坂はきつくなかったが、時間が時間。いくら陽の長い5月でも、さすがに暗くなりかかっていた。

峠からの下りは竹林が広がっており、一言で表すと"幽谷"。行き当たりばったり万歳。


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山賊に襲われることなく、無事に平等寺さん到着。
19時前だった気がする。この時間はお寺は閉まっているので、参拝は翌日。

お腹はかなり減っていたが、とりあえず歩く(進む)のがイヤになっていたので、
食べるのはもういいや、とりあえず寝よう。
人間一食抜くくらいでは大丈夫。リアルな実感があった。


境内で雨のかからない軒先を探していると、先客がいた。
やや若気な感じの男性、お遍路さん? にしては、辺りに荷物が一切見当たらなかった。

「少し行ったところに○×と言う名の善根宿がある」
「金物屋さんがやっていて、そこに言いに行け」

その言い草は救済と言うよりも、「あっちいけ」と言う感じだった。


くろまる自身テントを持っているので、場所自体はどこでも良い。
それでもこの場所で寝ようとすれば襲撃されかねない様子だったので、一旦お寺を後にした。


この時点で彼が何者だったのか深く考えなかったけれど、
金物屋に行き1宿のお願いに上がったところ、店主が


「平等寺に男がおっただろう」
「うちにも何日か居て、追い出したら今度は寺に居着いて…」


四国遍路をしていると、色んな人に会うものだ。


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1宿を授かったくろまるは善根宿に向かう。
旅荘に到着するとここもまた先客、身なりは就寝姿であるものの、
横に置いてある装備は、非常に年季の入ったものであった。

辺りは暗くなっていたので、軽く会釈程度の挨拶を交わして、
できるだけ物音を立てないように荷物を置き、
外の水道で濡らしたタオルで体を拭き、洗顔、歯磨きをして床に就いた。


結局この日は晩ごはん(にあたる物)を食べなかった。


<5日目>
18~21番

前日、焼山寺越えの疲れを神山温泉で身を休めた自分。
朝目が覚めて、遍路の務め「歩き」を開始する。

清流・鮎喰川に沿って歩き、神山町から徳島市に入り13番大日寺到着。


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(事前に本から得た情報で)ここからお寺が5つ続く。


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14番常楽寺


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15番国分寺


この少し先で、とある福祉施設が営むうどん屋さんがあり、そこで昼食。
この日はとにかく暑かった。前日は難所とは言え、山間部。涼しい場所はたくさんあった。
神山から徳島へ、市街地に出てきたこともあるだろう。
冷たい水がとても美味しい。うどんも吸い込むように食べた。

「お遍路さん。この暑さではお疲れでしょう。座敷で少し横になられて下さい」


少し横になりたかったので、この御進言にはハッとした。
顔にそう書いてあったのだろうか。そんな顔して歩いていてはいけない、
そう思いつつもここはありがたく昼寝をさせて頂いた。


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16番観音寺


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17番井戸寺


しっかり休ませて頂いていたおかげで、残り2ヶ寺を難なくお参りすることができた。


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次の札所は18番恩山寺。
この時点で今日行くことのできる距離ではなかったので、
徳島市(=久しぶりの街)で、風呂、洗濯、食事とゆっくりすることにした。

市街地中心部のとある銭湯が「歩き遍路は無料」と聞いていたので、そこへ向かった。


無料と聞いて(知って)行く…

突然のお接待と違い、最初から甘えて行くのはどうなんだろう。
自分の行動に、少し後ろめたい気持ちがあった。

店主にその気持ちを少し打ち明けた。


「今のあなたはお遍路さん、巡礼者だから他人の好意には甘えても良いのですよ。」

「こちらもお遍路さんに施しをさせて頂くことで
弘法大師さんのご利益を頂いているんですから、お互いさまです」

「お四国を回る中でされて良かった/嬉しかった経験をたくさん積んで
国元に帰ったら、今度は自分が周りの人達に施しをできる人になって下さい」

「あなたはまだ若いのだから、その期待を込めてのお接待です」


番台のおっちゃんの言葉とは思えない、心に染みる言葉だった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


銭湯で入浴・洗濯をすることでゆっくりさせて頂き、
夜もだいぶ更けてから寝る場所探しに出発。
しかしながら市街地であることから、野宿適地がなかなか見つからない。


駅があった。学生時代から磨いたステビバ(station bivouac)敢行。
「経験にムダは無い」って本当ですね。お四国で役に立つなんて。

でも野生のカンから、この駅はそれができそうにないと悟った。
かと言って時間は日付が変わろうかという時間。寝床を探す元気は無い。


偶然やってきた下りの列車。それに乗車する自分。

そんな自分に異論がなかった。
2駅先の駅まで行き(2駅先と言うのは、それ以上行くと次の寺が遠くなるから)
下りたところ、駅舎のベンチにマットを敷いて休んだ。

その後何時かわからないが、K察が来て起こされて身分証の提示を求められたオマケ付き。
人生初の職質(syokushitsu)を経験した。


お遍路は色んなことが経験できるなぁ
(この時点では)寺の思い出より、道中の出来事の方が圧倒的に印象に残っている。
歩き遍路の醍醐味って、道中? その魅力が少し見えた気がした。


<4日目>
13~17番

3日目の朝、鴨の湯善根宿に同宿のお遍路さんが早く目を覚ます。
時計を見ると3時。いや、それ早過ぎでしょ。

もう少し寝ようと思って至福の二度寝を試みるも
「お~い兄ちゃん。はよ出んと暑くて上がれんようなるで~」


はい、もっともです。ありがとうございます。


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11番藤井寺さんの本堂横が、焼山寺道の入口。

「早足 : 5時間、並足 : 6時間、緩足 : 8時間」と書いてある。

事前情報では、道中に給水・給食ポイントが無いと聞いている。
ここを出ると、前を向いて進むしかない…

ユーコン川下りのプチプチ陸上版、と心に言い聞かせて、いざスタート。
(川下りじゃないんで、不調時は戻ることはできますが)

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スタートして1/6(6分の1)の遍路ころがしと称される坂を上がると、視界が開けた。
吉野川と、阿讃山脈の山並みが見える。


「四国遍路してるんだ」
発心から出発まで5年間かかったことを考えると、まだまだ今の自分が信じ難い。
この先全て回れる/回れない、どちらにしてもこの時の気持ちを忘れないようにしよう。
そう心に書き留めた。


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3/6(6分の3)、いわゆる中間地点。そこにあるのが番外霊場・柳水庵。
ちょっと前までは堂守さんが居て、参籠(寺に泊まること)できたそうだが、今は無住。
これにより、焼山寺道は1日で全て歩かないといけなくなった、とガイドブックで読んだことがある。


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4/6(6分の4)地点、一本杉庵。
門柱を見ると昭和7年の建立だそうだが、どうやって運んだ? 建てた??


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時間はかかったものの、12番焼山寺に無事到着。
四国遍路最大の遍路ころがしは、なかなかのものでした。


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山門前の三脚
帰ってから見た"ロード88"(遍路が題材の映画のタイトル)本編でここのシーンが出てくるのです。
映画の撮影用でしょうか。村川絵梨ちゃんが近くにいたのかな? ウワァーン


四国最大の遍路ころがしを越えても、人はすぐに変われるものではないようです。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


参拝、下山して大きな駐車場があり、観光バスが数台停まっていた。
大きなバスが入れるのはここまでで、地元手配の小さなバスかタクシーに乗り換えて
12番焼山寺に向かうのだろう。


「お遍路さ~ん」

地元の奥さん(?)に声をかけて頂き、焼きおにぎりのお接待を頂いた。
持ち運んで宿地で食べたが、とても美味しかった。

神山温泉まで歩き、入浴。付近で野宿したが、夜空に輝く星がとても印象的だった。



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